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2011年05月01日 (日) | Edit |
福島駅には両親と仕事が休みだった兄の3人で迎えにきてくれました。

福島駅の駅ビル内で早めのお昼を食べ(回転寿司~♪)
夕食の買い物をして行きます。
普段の買い物は隣の相馬市に車で行っています。
毎日行くわけにはいかないので(ガソリンがかかりますからね)
買える時には魚~っ刺身~っになるようです。

福島市内の伯母のところに顔を出し、南相馬へ向かいます。

途中、川俣村、飯館村を通って行きます。
テレビで見ていると福島県の人全てがマスクをして暮らしているように言われますが、している人もいればいない人も。高校生も普通に歩っています。部活帰りかな。
私は一応マスクを持ってきていたのですが結局使いませんでした。
ただ、飯館村ではこの時期なのに田に水は張られず、畑に出ている人もいませんでした。

地震による被害はところどころで屋根瓦が落ちブルーシートがかかっていたり、道路も補修の跡があります。

1時間半程で南相馬へ。
市内に入ると驚くほどに車が走っています。
商店街はシャッターの閉まっている店も多いのですがこれは元からか(;^ω^)
個人店はだいぶ戻ってきたようです。
大型のスーパーもこの連休前後で開くようになるそうで市内で買い物が出来るようになります。今までは閉鎖店舗から開いている店舗へのシャトルバスが出たりしていたそう。
屋内退避から緊急時避難区域に変わり、
郵便も宅急便も新聞も届くようになったと聞いて一安心です。

実家に着いたら、暗くなる前に浜の方へ向かいます。
やはり見ておきたいと思ったので。

6号線を超えると内陸とはまったく違います。
海沿いを走る国道の海側、見えるものはそこらじゅうに打ち上げられた漁船、転がった大木、汚泥。それだけです。
田んぼがあり住宅があり松林があったところです。その生活の全てが流され、まっ平らになっています。
国道から海が見えるなんて思いもしませんでした。

カメラを向けることはどうしても出来ませんでした。
テレビやネットで映されているそのままです。
それが自分の目の前に広がると全く違うものになります。
最初は痛ましいと思って見ていましたが、行っても行っても、青森までもこの風景が広がっているのかと思うと次第に怖くなってきます。

避難していた母の実家(私のいとこ夫婦)が戻ってきているというので顔を出していくことにしました。
6号線を超えてすぐのところで野菜や園芸、米作をしています。
今年は作付けも出来ません。
作っていた野菜も出荷出来ません。
温室のランはとても綺麗に咲いています。
GWが過ぎたら関東にいる伯母のところにまた行くさ~。何もやることないからな、と。
津波はこの家の100m手前で止まりました。
本来、被災したはずの人々ではありません。こんな人々がこの町にたくさんいるのです。

道中たくさんの自衛隊車両と会いました。
浜の片付けに来て下さっているようです。
自衛隊の拠点にはたくさんのテントが並べられていました。
ここで寝起きしてあの浜に出て作業をしているのかと思うと本当に頭が下がります。

浜を行っている途中、天気雨が降りました。
手前に広がる瓦礫、奥には震災前と何も変わらない山、その頭上の雲から差し込む光の階段。
全ての悲しみを早く天上に連れて行ってあげて、と思いました。




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